日記・コラム・つぶやき

アウトラン2SP(OutRun2SP)懐古日記 Part12

●2003年12月 アウトラン2との出会い(その1)
 
仕事の関係で松山(愛媛県)へ出張した時の事である。
帰りの飛行機の時間が3時間くらい余裕があって、そのまま松山空港に行っても暇を持て余すだけなのでJR松山駅で時間を潰す事にした。
 
一人だったので自由気ままに行動できるので観光する事も出来たのだが、この日はかなり寒くて、とても外をフラつく気にはなれず、どこかの建物に入る事にした。
 
パチンコには興味のないオイラは自然と駅前にあるゲーセンに足を運んでいた。
 
久しぶりのゲーセンではあったが、何故かトキメく事も何もない。結構大きいゲーセンだったので、ゲームの設置数も多いし、見たことないゲームもたくさんあったが、いずれのゲームにも興味が湧かない。
 
しばらくブラブラと店内をうろついたが、やはりプレイしたいと思えるゲームは全くなかった。
 
「こんなもんか・・・」
無理やりゲームをする必要もないし、諦めて店を出ようとしたその時、ある筐体の存在に気が付いた。
 
「・・・ん?」
それは赤色の筐体で、そしてドライブゲームである事に気が付く。
 
「・・・コレは!!」
そう、それは「アウトラン2(無印)」であった。
そういえば、ネットで2、3か月前にアウトラン2の記事を見ていたので懐かしいなぁ~、って感じていた事を思い出した。
 
「やったー、これはラッキーでしょ!!」
あわてて両替し、速攻で筐体に座る。
 
「うわっ、2台もあるやん!! って事は通信対戦も出来るんやね!!」
懐かしさと共に時代の進歩を感じた。
 
「筐体は・・・さすがに動かんかぁ・・・」
ムービング筐体ではなかったのが少し残念ではあるが、今時ムービング筐体も流行るまい。
それより予想だにしなかった10数年ぶりのアウトランのニューバージョンとの再会のよって、昔の様々な思い出が頭の中を駆け巡り、興奮を抑えられない。
ドキドキしながら100円を投入する。
 
すると・・・
 
 
To be continued

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アウトラン2SP(OutRun2SP)懐古日記 Part11

●1989年04月~ 社会人編
 
高卒後に大阪の会社に就職し、ゲーセンに行く機会が減りはしたもののゲーセンには通っていた。
 
そう言えば社会人1年目に大阪で初めてアミューズメントショーが開催され、足を運んだが「グラディウスIII」が出展されておらずガッカリして帰ったのを覚えている。
やがて待望の「グラディウスIII」が発売されたが、(オイラの)期待にはそぐわない出来で、10面到達で止めてしまう。
 
車を買ってからは、一時「UFOキャッチャー」にハマり、後部座席には人形であふれていた事もあった。
その頃、ゲームの方は「テトリス」や「パロディウスだ」をプレイ。パロは2周目3面が越せなかった。
 
やがて「ストリートファイターII」が大ブームとなり、ゲーセンは「格闘ゲーム」が主流となっていく。
ストII発売当時は全く手を出さなかったが、回りがあまりにもストIIばかりやっているのでオイラも徐々に手を染めていった。
ストIIは主に「ダッシュ」と「ターボ」をプレイし、一時は対戦ばかりやっていたが、「スーパー」が出るとクールダウンしてしまい、徐々にゲーセンに行く回数も減っていった。
 
他の格ゲー、「バーチャファイター」や「鉄拳」はセガサターンとプレイステーションを購入してそっちでプレイするもゲーセンでプレイした事は一度もなかった。
 
その後、会社が変わったのを機にゲーセンには全く行かなくなったが・・・
 
1999年頃から仕事が慢性的に忙しくなり、とにかくストレスが貯まっていった。
 
久しぶりに憂さ晴らしにゲーセンに行く。その頃ゲーセンは「音ゲー」がブームだった。
そこで出会った「ダンスダンスレボリューション(以下DDR)」のダブルプレイにハマってしまう。DDRは2~4くらいまでプレイ、「キーボードマニア」にもハマる。
 
DDRを機に、インターネットでDDRの「掲示板」に書き込み、DDRの「オフ会」などにも参加するが・・・
残念ながらDDRで知り合った仲間にはロクな人間がいなかった。
(注)DDRというゲームやDDRをプレイしている人を否定している訳ではないので誤解のないように。
 
あまり悪口は言いたくないが・・・年齢が若い人が多いせいか、とにかく人間が出来ていないのである。
思い出したくもないのでこれ以上触れないが、彼らとの付き合いを続けたくないが故にDDRをキッパリと止め、付き合いを完全にシャットアウトする。
この事がきっかけで『ネットで知り合った人間とはオフではうまくいかない!!』、オイラはそう言った偏見を持ってしまう。
 
そして2002年に結婚し、それと同時にゲーセンには自然と足を運ぶ事はなくなるのであった。
 
 
To be continued

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アウトラン2SP(OutRun2SP)懐古日記 Part10

●~1989年03月 ギアガチャ~アウトランとの別れ
 
もうアウトランのネタはないと思いきや、このゲームを語るにおいてやはり「ギアガチャ」の話は必要かと思い、ホンの少しだけギアガチャについて書いてみる。
(注)ギアガチャとは簡単に言うと素早いギア操作により一定時間コース外を走っても減速しない技の事
 
当時、ゲーメストで記事になった事もあってギアガチャが流行りだすが、オイラは全くと言っていい程やらなかった。
 
理由は2つあって、まず当時のオイラは常に長時間プレイに趣を置いており、特にアウトランに関してはタイムやスコアには全く興味がなかった。「タイムアタッカー」には欠かせないギアガチャも完走するだけのオイラには無用の長物であった。
 
そしてもう一つはヘタクソがギアガチャをするとギアが壊れてしまうため、店にも客にも迷惑を掛けてしまうから。当時はギアガチャによってギアがボロボロになりプレイ出来なくなったアウトラン筐体を見かける事も珍しくなかった。
 
ギアガチャで故障する筐体が続出するとともに、ゲーメストでもギアガチャ論争のボルテージが上がった。
当時のオイラは、上記の理由でギアが壊れる事と、そもそも敵車のいないコース外を走る事に何が楽しいのか全く理解が出来なかったので、完全なるギアガチャ否定派であった。
 
・・・が、その後、上級プレイヤーがギアガチャするとギアにダメージを与えることなく実にスムーズな操作である事を知り、またタイムアタックが白熱した事もあって徐々にギアガチャ肯定派になるのだが、その辺は話し出すと長くなるので割愛します。
(^-^; 割愛ぢゃなくて手抜きでは、って言うツッコミは無しね
 
ギアガチャの話題はこれくらいにして・・・
 
高校2年、3年の時は色々なゲームを転々とプレイする中で、アウトランをプレイする回数は減っていくも、高校を卒業するまではコンスタントにプレイを続けて、ゲーセンノートのプレイ回数は圧倒的な大差でアウトランが1位だったのを覚えてます。
 
高校3年の冬に、卒業までにアウトランで5分切り、グラIIで500万点、ドラスピで150万点の目標を設定するが、ドラスピは達成するも、グラIIは329万点が最高で、そしてアウトランは・・・
卒業式の日にギアガチャ未使用で出した5分1秒18がオイラの自己ベストタイムで、その数日後に地元のアウトランが撤去された事もあって、高校時代の終わりとともに長きに渡るアウトランとの付き合いも終結を迎えるのであった。
 
余談になるが、アウトランの続編である「ターボアウトラン」はオイラの地元には入荷されず、生涯で数回しかプレイしていないし、「アウトランナーズ」に至っては実物をお目にかかる事は一度もなかった。
 
 
To be continued

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アウトラン2SP(OutRun2SP)懐古日記 Part9

●1986年11月~ 初クリア、そして・・・
 
仲間が頼れないなら、もはや自分の力でクリアするしかない。
でも一体どうすればクリアできるのであろうか。
 
その後もゲーセンに行く度にアウトランをプレイしていたが、なかなか先に進む事が出来なかった・・・
 
何ですが、実はこれ以降クリアまでの事は、あまり覚えてないんです。
(^-^; キオクソーシツ
 
ただ、ハッキリと覚えているのは4面に到達してからは、5面到達、そしてクリアまでは早かったって事。
3面で苦労したけど、何回もプレイした事で3面までのコースレイアウトはしっかり頭に入り、それと同時にアウトランのコツも体にしっかり入ったようで、3面を超えてからは数回のプレイでクリアする。
 
ちなみにルートはSP風に言うと、1A→2B→3B→4C→5Dばかりをプレイ。そうアウトランは完全にゴールDの「デュアルウェイ」専門でした。このルートは綺麗で鮮やかなステージが多く、これ以外のコースは数えるほどしか走っておりません。
思い返せばルートを2Bではなく2Aにすればもっと早くクリア出来たのであろうが・・・何故か2Bが好きで妙にこだわってたよね。
 
プレイが安定してから残りのゴールA、B、C、Eも一応はクリアするものの、プレイしたら常に目指すはデュアルウェイ!!
 
とにかく何故かデュアルウェイが大好きだった。
でもアウトラン2SPの「ミルキーウェイ」はあまり好きではありません・・・だって難しいから。
(^-^;
 
他のゲームにおいては、下手くそなりにも慣れてくるとスコアとかも意識するようになるのだが、アウトランにおいてはスコア、タイムは気にした事がなく、とにかくただ走っているだけで楽しかった。
 
あとアウトランに魅かれ続けたもうひとつの理由は、マジカルサウンドシャワーが大好きだった事も大きい。
この曲がなければここまでアウトランをプレイしなかった、と断言出来るほどマジカルが大好きで、無論サントラもマジカルのためだけに発売と同時に速攻で購入した。
 
ちなみに、「ラストウェーブ(ネームエントリー時の曲)」の魅力に気が付いたのはアウトラン2SPになってからです。
(^-^; 遅すぎや~
 
このようにアウトランについてはクリア後もコンスタントにプレイを続けていくことになり、飽きっぽい性格のオイラにはとても珍しい、かつ貴重な存在のゲームであった。
 
 
To be continued

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アウトラン2SP(OutRun2SP)懐古日記 Part8

●1986年10月 クリアを目指して(その2)
 
当時、オイラには同じ高校に通うゲーセン好きの仲間がいた。オイラを含め5人で行動する事が多く、平日は学校が終わったら仲間と一緒にゲーセンに行く事も多かった。
 
ただオイラのゲーセン仲間はアクションゲーム好きが多く、オイラが好んだシューティングなどは余りプレイする事はなかった。なのでオイラは他の4人とは好みの異なるゲームをしていたため、5人でゲーセンに行ってもゲーセン内ではオイラは1人でプレイする事が多かった。ゲーセンから家に帰る時も各々方角が違ったため、自由解散であった。
つまりゲーセンに着いたら、お互いがあまり干渉しないような状態であった。
 
アウトランにおいても仲間内でプレイしているのはオイラだけだった。
いや、たまに仲間がプレイする事があってもオイラのように定期的にプレイする事はなかった。
 
ここに目を付けたオイラは仲間をアウトランに引き込む事にした。
 
全員で回しプレイをすれば、上達も早いハズだ。
 
「何て見事な作戦なんやろう!! 」
思わず自画自賛した。
(^-^;
 
早速、仲間とゲーセンに行くと作戦を実行する。
 
オイラ「皆で順番にアウトランやってクリアしよーや!!」
仲 間「え~」
オイラ「(一瞬焦るも)オモロいって、それに皆でやればクリア出来るようになるで」
仲 間「まぁ、ええけど、先にやってや」
オイラ「OK♪」
先にプレイしていつも通り3面で終わり、交代すると・・・
 
全員1面か2面でゲームオーバーになり、あっと言う間に一順してしまった!!
そう、仲間内で一番ゲームが上手かったのはオイラだったのである。
 
仲 間「あかん、無理やわ」
オイラ「そんなん言わんと一緒に頑張ろーや!!」
仲 間「金かかるし、やめとくわ」
オイラ「・・・・・」
 
オイラの作戦は一瞬で崩壊したのであった。
 
 
To be continued

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アウトラン2SP(OutRun2SP)懐古日記 Part7

●1986年10月 クリアを目指して(その1)
 
楽しいが、とにかくお金のかかるゲーム、それがアウトランである。
それからもゲーセンに行く度にプレイするが、初日の反省もあり、1日のプレイは多くても基本的には「3回まで」と自分で制限を設けた。そうしないと湯水の如くお金を使ってしまう危険極まりないゲームである。
 
初日は2面を越せなかったが、やがて3面までは程なく到達出来た。
しかし3面をクリアできるまでにとても時間がかかった。
 
3面が越せない日々が続き、徐々にフラストが溜まっていく。もっとプレイしないとなかなか上達しそうにない。かと言ってこれ以上プレイ回数を増やすわけにもいかない。
 
何せこの頃はゲーセンノート(懐古日記Part2参照)のプレイ回数は既にアウトランがダントツの1位であった。
当時はまだ「ゲーメスト(アーケード攻略誌)」の存在を知らず、情報源はベーマガのみであった。
まぁ、たとえゲーメストを知っていた所でアウトランを誌面の情報のみでクリア出来るほど甘くはない事は十分承知していたので、やはりそれなりのプレイ回数が必要だと感じていた。
(注)腕前があればすぐにクリア出来るよ、ってツッコミはなしで
(^-^;
 
なかなかクリア出来ないもう一つの理由が、オイラの地元では意外とアウトランをプレイしている人が少なかった。これは結構重要な事で、プレイヤー数が少なければ当然ギャラリー出来る機会も減るわけで、つまり他人のプレイを見学してコースレイアウトを覚えるといった事がなかなか出来ない訳である。
 
たまにプレイしている人がいてもオイラと同じように3面とか終わってしまう人が殆どで、あまり参考にならなかった。しかもプレイヤーが少ないとすぐに順番が回ってくるので1日3回のプレイはあっという間に終わってしまう。
 
まさに最悪の状況である。
このままではいつになったらクリア出来るのやら・・・
 
「どげんかせんといけん!!」
(注)無論、当時はこのようには叫んでいません
(^-^;
 
この状況を打開するための作戦をアレコレ考えた結果・・・
 
「コレや!!」
名案が浮かび、早速、その作戦を実行する事にした。
 
 
To be continued

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アウトラン2SP(OutRun2SP)懐古日記 Part6

●1986年09月 アウトランとの出会い(その4)
 
ファーストプレイはたったの1面で終了、その事はいいとして一つだけ不満があった。
 
「BGMが先にプレイしていた人と違うやん、あの曲聴きたいわ。」
そう、BGMがマジカルサウンドシャワーではなかった・・・
 
とりあえず後ろに誰もいないため続けてプレイする。
その後、数プレイするとクレジット投入後にBGMが選択出来ることに気がついた。
(^-^;
 
「そうそう、この曲でプレイしたかったんよ」
念願のマジカルサウンドシャワーでプレイする事が出来た。もうサイコー!!
 
余談だが、当時オイラは『MAGICAL SOUND SHOWAR』の事をず~っと『マジカルサウンド何とか』と呼んでいた。そう、当時はSHOWARをシャワーと読めず、誤魔化していたのである。
(^-^; 英語が苦手だったのはナイショ♪
 
その後も待っている人がいなかったため、毎回のようにマジカルサウンドシャワーを選んで続けてプレイするも、2面が越えられなかった。
この頃のゲームは序盤から結構難しく、(オイラにとっては)アウトランも例外ではなかった。
1面の最後に左右左の複合コーナーがあるのだが、そこが登り坂になっているため視界が悪いのだ。これはもう、あえてクラッシュするように設計されているとしか思えない意地悪なコースレイアウトであった。
 
気が付くとプレイを初めて30分~40分くらい経っただろうか・・・
何と2,000円近くあったハズの財布の100円玉が底を付いていた。
 
「シンジラレナ~イ!!」
(注)無論、当時はこのようには叫んでいません
(^-^;
 
節約プレイをモットーとするオイラがお金の消費の事をすっかり忘れて無我夢中でプレイしていた・・・ヤバイ、これはヤバ過ぎるゲームだ、でも楽しいよ!!
 
「ビンボーなオイラを更にビンボーにするとは何て困ったゲームなんや・・・」
それがオイラとアウトランの嬉しくもあり悲しくもある複雑な出会いであった。
 
 
To be continued

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アウトラン2SP(OutRun2SP)懐古日記 Part5

●1986年09月 アウトランとの出会い(その3)
 
・・・あれ?
 
「さっきの人と何かちゃうで?」
いきなり違和感を感じる。
 
「スピード感あれへんよ!!」
テスタロッサがとてつもなく遅かったのである。
そう、ギアがHIGHのままスタートしていたのであった。
(注)初代アウトランはギアがLOWとHIGHの2段階でスタート時はLOWにしないと加速しなかった。
 
今の時代のゲームなら、例えば「アウトラン2SP」の場合でもミッション車を選んだのにギアを使わなかったら画面にギアチェンジをするようにアナウンスが表示され、更にそのままギアを使用しなければプレイ中でも強制的にオートマ車に切り替わるようになっており、とても初心者に優しい仕様である。
 
が、アウトランは、と言うかこの時代のゲームにはそういった概念はなく、ギアを使わずに走ってゲームオーバーになっても『ギアチェンジを知らないお前が悪い』と言わんばかりの仕様が当たり前の時代であった。
 
幸い途中からギアの存在に気が付き、ギア操作して事なきを得る。
 
「加速しだしたやん、気持ちいい~♪」
その後は順調に進み、ステージ後半に突入する。
 
そしてラストの複合コーナーでは・・・
ガーン!!、と強烈な音と共にテスタロッサが派手に宙を舞う!!
お約束のクラッシュである。
 
「スゲー、スゲーよ!!」
筐体がガタガタと左右に揺れた事に感動し、こんな派手なクラッシュシーンがあるゲームは初体験だったのでこれまた感動する。
 
やがて分岐に入り、チェックポイントが見えたあたりでタイムアップに。
ファーストプレイは何と1面でゲームオーバーであった。
(^-^; ヘタクソ~
 
「楽しいやんか!!」
速攻で終わってしまったなど、どうでもよかった。とにかく嬉しさで一杯であった。
 
しかし・・・
 
 
To be continued

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アウトラン2SP(OutRun2SP)懐古日記 Part4

●1986年09月 アウトランとの出会い(その2)
 
綺麗で鮮やかなグラフィック、ノリノリなBGM、そして左右に動く筐体、どれをとっても当時は新鮮であり、ギャラリーしてるだけでドキドキワクワクするゲーム、それがアウトランの第一印象だった。
 
こんなゲームに出会ったのは初めてだ、早くプレイしたい!!
 
程なくして先にプレイしていた方がゲームオーバーになった。団体だったので続けてプレイされるのでは・・・と思いきや全員退店、アウトラン周辺に人がいなくなった。
何てラッキーなんだろう、早くもオイラの番が回ってきた。しかもたまたま日曜日で夜に差し掛かる時間帯だったので店内はガラガラ。
 
「ムフッ」
アウトランを独り占め出来そうな予感に思わず声が漏れた(嘘)
 
早速筐体に座り、興奮気味に100円玉を投入する。
 
「うわぁ~、何て軽快で心地よいクレジット音なんやろう!!」
クリアで吸い込まれるようなクレジット音に、いきなりシビれた。
 
しかし、まさかこのクレジット音を10数年後に何千回と聴くハメになるとは、この時は思いもよらなかったのであった・・・
(^-^; そりゃそうでしょ
 
スタートボタンを押すとやがて真っ赤なテスタロッサが正面を向いた。
「うわぁ~、オープンカーやで、スゲー!!」
(注)この頃はアウトランの車がフェラーリテスタロッサである事を知らなかった
(^-^;
 
シグナルが鳴る、ドキドキ感は最高潮に達した。
 
「おっしゃ~!!」
 
スタートと同時に気合を入れてアクセルを踏む、さぁ、行くぞ~
 
 
・・・あれ?
 
 
To be continued

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(祝)インターネットランキング復活記念 その2?

長らく更新を停滞していたアウトラン懐古日記を約2年半ぶりに再開しようと思います。

本当は移動時間等を利用して少しずつ書きためていたので、全部書いてから公開するつもりでしたが・・・

まぁ、取り合えず小出しで公開していきます。

ちなみに最後まで書き切る自信は・・・全くありません!!
(^ー^;

あと、過去の分も少しだけですが訂正しているので続きを読む前によろしければご覧下さい。

アウトラン2SP(OutRun2SP)懐古日記 Part1

アウトラン2SP(OutRun2SP)懐古日記 Part2

アウトラン2SP(OutRun2SP)懐古日記 Part3

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より以前の記事一覧